カルロス・サウラの『カルメン』など

 スペイン生まれのサウラ(1932-)は、50年代の終わりから活動を始め、いろいろな映画祭で受賞しているにもかかわらず、日本で話題となったのは表題にあげた『カルメン』(1983)かららしい。こないだcinefilで比較的新しい『サロメ』(2002)をやったのを機会に少し見なおしてみた。 たぶん数年前にBS2で録画して『カラスの飼育』(1975)、『カルメン』、『タンゴ』(1998)は見ていたのだが、『カルメン』を除けば、後はすつかり忘れていた。『カルメン』は学校でも見せ好評だったし、筆者が見ているもののなかでは一番できがいいので、『カルメン』から話を始めることにする。もちろん原作はフランス人プロスペル・メリメの書いた『カルメン』で、スペインに材を取っている。カルメンというのは、どこにもころがっていそうな感じの名前だが、この小説の主人公のジプシーのカルメンは悪女の典型で、男をだますことなど気にもとめていないというタイプである。たしか19世紀のセヴィリアの煙草工場で働いていたカルメンが仲間と喧嘩をし、ナイフで傷つけたので軍隊に捕まるが、美貌にほだされてホセという軍人が彼女を逃がしたのがことのはじまりで、ホセは以来だまされ続けて一生を棒にふることになる。
 サウラのカルメンは、ミュージカル仕立てになっていて、音楽は主としてビゼーによっていて、フラメンコで『カルメン』という舞台を作りあげる話に、演出家は若い新人のカルメンという同名の女性を選ぶのだが、恋人どうしになってしまう。このカルメンも舞台のカルメン同様の悪女で、演出家は手玉に取られ、舞台の仕上がるころにはカルメンに裏切られて、ついにはナイフで彼女を刺すという悲劇となる。いわば舞台と舞台裏とが同時進行的に進行し話の筋立ては同じという趣向になっている。趣向もさることながらフラメンコがアントニオ・カデスという演出家役の名人に指導されているので、すばらしさは比類がないだろう。大きな画面で大音量で見ればだれもが引きこまれるだろう。せんだって、やはりスペイン人の作った原作に忠実で画面の処理もしっかりしたいるのに、あまり面白くない「カルメン」を見たことを思いだした。
 上に挙げたサウラの映画のなかでは一番新しい『サロメ』が一番つまらなかった。こちらはもちろん旧約聖書のサロメが題材で、ビアズレーの版画も少し出てきたりする。もちろん踊りや音楽がすばらしいのは言うまでもないが、ストーリーの組み立てや編集に問題があるだろう。サロメの預言者ヨハネへの愛が「ヨハネの首」をえることでしか実現されないという微妙な問題を、いわゆるミュージカル映画のなかで実現するのはきわめて難しいだろう。
 そういう意味では、『タンゴ』はダンスも音楽ももっと気楽で、楽しめる部分が多かった。『サロメ』よりも出来はいいと思うが、成功作とは言いにくい。『カルメン』のようにしっかりしたものを一度作ってしまうと、後はやりにくくなるのは確かだが。しかし、『カルメン』と『タンゴ』とで、サウラという監督のテーマが嫉妬にあるらしいと気づいた。このふたつは、男が女に裏切られる話だし、『サロメ』にしても、ヨハネからは相手にされないサロメの愛が、義母のそそのかしがあるにせよ、ダンスのほうびに「ヨハネの首」を要求するという欲求には嫉妬が隠されているだろう。
 以上の四作のなかでは一番古い『カラスの飼育』のテーマもやはり嫉妬である。ただし、これはミュージカルではなく、普通のドラマで、出来上がりは先ず先ずと言ったところである。たしかアナという軍人の三人娘の二番目の小学校四五年生くらいの少女は、二階から下に水でも飲みに降りたとき、父親と女との話し声に気づく。父は苦しそうで息が詰まるといっているが、いわゆる腹上死らしく、直後に女が逃げるように出て行く。後ではっきりするが、その女は父の親友の細君だった。  この父親は女好きで、浮気ばかりするので、すでになくなっている母親はいわば嫉妬のために病気になり、死んでしまったようなものである。アナはそのことに気づいていたが、父親は態度を改めず、同じことを繰り返しているうちに死んでしまったわけである。ちなみに母親役派はジエラルディン・チャプリンで、「映画の王様」チャールズ・チャプリンの娘だが、サウラと結婚していると、以前聞いたことがある。
 父親の死後、父の妹らしい独身の女性が、三人の娘の面倒をみるためにアナの家にやってくる。しかしこのおばさんは、三人の娘にほとんど愛情をもっていない。まるで「カラスの飼育」のように、娘たちをしつけるだけである。ちなみに娘たちの年齢は、アナの姉が中学一二年生、妹が小学校の一二年生くらいである。偶然いろんな場面に居合わせたことから、両親のアツレキに苦しみ母親の嫉妬をまるで自分の嫉妬としていたようなアナには、無神経に母親の話をする上、「カラスの飼育」をするおばが特に我慢がならない。おばは父親の浮気の相手だった女性の夫となかよくなりそうだったりして、またアナを苦しめる。多分アナは父親につけられた心の傷を、ずっと引きずっていくことになるだろう。
 そういえば『血の婚礼』(1981)というのも見たことを思い出したが、例によって内容の記憶は怪しい。しかし、カルロス・サウラは、スペイン映画ではルイス・ブニュエル(1900-1983)の後をおそうナンバー2だろう。

2006年3月下旬

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