デヴィッド・リーンの『逢びき』(1945)

 来月のいつごろになるかは、まだはっきりしないが、病気の治療で数日間東京で一人暮らしをしなければならないようなので、今からうんざりしている。効果がはっきり出るかとうかもやってみるまで分からないので、余計気が重い。もっとも、来月後半に息子の小規模なコンサートをやるようなので、それででも気をまぎらせようかと、思っている。

 さて、相変わらず新しい映画の良いのが見つからないので、またもや古い映画になってしまった。デヴィッド・リーン(1908-1991)の『アラビアのロレンス』(1962)は以前にとりあげたことがあるが、今回はさらに古い初期の頃の『逢(あい)びき』(1945)である。見つからないのを予期して『戦場にかける橋』(1957)とか『ドクトル・ジバゴ』(1965)も見たりしたが、書く気がおこらないので、『逢びき』ということになった。いわゆる初期の文芸映画で格別面白いと思ったわけではないが、だいぶ以前に今の学生たちにこの映画を見せたら、どう思うだろうという関心から見せたことがあるので、よくおぼえていた。
 今の言葉でいえば「不倫映画」ということにでもなるのだろうが、多分いわゆる日本の終戦直後のころの映画だから、なにしろ古い。それに筆者の印象では、このころのリーンの映画は後年のころと比べるとモノクロだということもあるが、比較的地味な作り方である。といって、この人の映画は金がかかるということもあったので、寡作の監督である。
 「不倫」といえば、近頃ならすぐsexということになるが、なにしろ古い時代の道徳が生きているころの映画なので、「不倫」といってももっぱら精神的なものの表現が主題である。
 イギリスのミルフォードという町の近郊に暮らしている主婦(シリア・ジョンソン)が、毎週木曜になると買い物と遊びとをかねて汽車でミルフォードまで出てくる。今のようにひんぱんに電車が走るといった状態ではないので、夕方頃帰りのときには、早めに駅に来て、駅の小さな喫茶店で列車を待つのが習慣になっている。ダンナは普通のサラリーマンのようで、子供が小学校の高学年らしいから、結婚してからだいぶ時間がたっている。何年も同じようなミルフォード行きを繰り返しているうちに、ある時偶然から、やはり近郊からミルフォードの病院にかよってくる医者(トレヴァー・ハワード)と知り合いになり、医者のほうが積極的に遊びにさそう。医者も既婚で子供もふたりいる。今なら互いに好意をもちあっている関係になれば、すぐsexということになるようだが、なにしろ昔のことだから、なかなかそんなことにはならない。これがパリだったらと考えると、もっと現代の状況に近かったろうが、場所はミルフォードである。日本と比較すれば、日本では男尊女卑の風潮がより強かったから、男の方は好き勝手をやっても許されたが、女のほうはそうはいかなかった。もっとも戦前には姦通罪というのもあったから、両者が既婚で事態が明らかになれば、ただでは済まなかったが、いずれの頃も商売女たちが数多くいた時代である。
 だいたい映画のミルフォードに近い状態に日本が近づいたのは、占領下でアメリカの民主主義の影響を受け、なんとか男女平等になったのは1960年代前後からのことだろう。まだテレビが十分普及していなかったから、都会と田舎では、民主度にかなり開きもあったのではないかと思う。それ以後わずかずつ「性の解放」とかといったことが次第に言われるようになっていくが、おそらく高度成長期がすぎて以降に今のような状態に近づいてきたのではないかと思う。
 映画では男女は相当に親しくなるが、なかなかsexの段階にいたらず、ついにあるとき男性が一日だけ友人から借りた部屋に女性をさそうが、女性はいったん断ったものの、やはり心のおさまりがつかず、その部屋にもどると、友人が帰ってきたので、裏の階段から逃げ出すということになる。そして危険な関係になりそうになった時、男女は、そして特に女はこのままではいけないと自覚しだす。ふたつの家庭をこわすことになるかもしれないからである。そこらあたりが、当時の人間のいさぎよさである。ちょうどうまい具合に男性はアフリカの病院に勤めることが決まり、両者は恋心をいだきながら、それぞれの家庭にもどる。女性のほうのダンナは、妻の心の変化に気づいていたようだった。
 今のようにかなり性的に乱れた時代に暮らしている学生たちが、この映画を見てどう思うかにこちらは関心を持っていたのだが、そんなに違和感は覚えなかったようである。ただあいだにsexがはいってくるかいなかの相違としか捉えていなかったためらしい。時代の変化で主人公の男女の心の動きがよく読めなくなっていたのだろう。それで両者の人間としてのいさぎよさがあったために、つぶれたかもしれない家庭がふたつ救われたというようには、どうも思わなかったらしい。そこにこの映画の見どころがあったのに。ただし男性のほうはまだだいぶ未練を残していたが。
 なお1974年にテレビでリメイクされ(ソフィア・ローレン、リチャード・バートン)、日本では劇場公開されたようだが、監督が誰だかわからない。

2010年11月下旬

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