D.リーンの『アラビアのロレンス』(1962)

 いうまでもなくデヴィツド・リーン(1908- )の代表作の一つである。ただ、T.E.ロレンス(1888-1935)いう人物が少なくとも、日本ではこの映画を通じて以外ほとんど著名ではないためあまり知られてはいなかったはずなのに、アカデミー賞では五部門を押さえた上、227分という長尺ものだったということもあり、ずいぶん多くの観客を集めたようである。
 第一次世界大戦中の1916年英国軍中尉のロレンス(ピーター・オトゥール)は、アラビア情勢偵察のため、アラビアへ派遣され、当時の実質的な実力者ファイサル王子(アレック・ギネス)に会うことになる。アラビアは英仏等の連合国の敵対国オスマン・トルコの支配下にあり、各部族間がうまく行かず、トルコに不満をもちながら、なすすべを知らないといった状態だった。その点を利用して、トルコをかく乱し、実質的には連合国側でトルコを支配してしまおうというのが、英国政府のねらいだったらしい。
 そのためロレンスはアラビアまで出かけていくが、下手に抵抗の姿勢だけを見せているファイサル王子たちは、トルコ軍からの攻撃を免れるだけでせいいっぱいである。上官の英国将校がすでにファイサルのそばにはいるが、彼とて飛行機を使っての爆撃がひどくなれば退却することしか考えられない。しかし、ロレンスにはヒラメキがあり、ベドウィンの50人の兵士をひきいて紅海のスエズ運河に近いアカバのトルコ軍を攻撃することを考える。なぜならアカバの後方はアラビアの砂漠の中でも通行がきわめて困難なほどオアシスの少ない砂漠だからである。だからトルコ軍は後方からの攻撃の心配がないので、大砲をすべて海に向けて配置している。背後からの攻撃には弱いのである。
 こうしてトルコ軍を降伏させたロレンスは一躍英雄となるし、本人自身が、自分には不可能はない、と思い上がってしまう。アカバ攻撃に金でつって参加させた部族の長(アンソニー・クイン)に金貨を与えるために一度カイロの司令部に戻ったロレンスは、英国人のあいだでも英雄になっていることを知る。少佐に昇進し、もう一度アラビアに戻ると、今度はトルコ軍の引いた列車をあちこちで爆破し、トルコの勢力をそいでいく。アメリカ人のジャーナリストが、煽り立てるようなことばかり書くので、英語圏では有名人になる。
 それにアラブ人たちのロレンスへの尊敬の念がますますロレンスを思い上がらせる。この尊敬には理由がないわけではない。ロレンスは一般の英国人たちが抱いていた、アラブ人たちへの軽侮の念を持ちあわせておらず。アラブ人が部族間の対立を乗り越えてアラビアを統一することを願い、彼らに協力しているからである。考古学者としての知識が背後にあるからである。
 トルコの占領地に偵察を行ったロレンスは、心配するアラブの友人にアラブの服装をした自分は「透明人間だ」と自負して見せるが、見破られて、性的虐待を受けてしまい、すっかり自信を喪失するが、英国軍はロレンスがアラビアから撤退することを許さないので、ロレンスはアラビア側からダマスカスの奪還を行なうこととなる。反対側から攻撃していた英国軍の先をこすためには、トルコ人部隊の皆殺しなどという残酷なことをせざるをえなくなり、このことはロレンスの心的外傷として残ることになる。
 そんなこともあったため、奪回は短時日のうちに終わり、アラブ人たちがダマスカスを統治することになるが、なにしろトルコは西洋文明をすでに摂取しおえているのに、アラブは発電所についても、電話についても、鉄道についてもほとんど何も知らない。おまけに各部族が、別々の部門を支配して他には譲らないため混乱するだけで、とても統治どころの話ではない。結局は英仏などの列強の政治家の支配するところとなり、ロレンスにしても、そうなった以上は手の出しようがなく、英国に引き上げることしかできない。そして、映画の冒頭にあるように、バイクの事故で命を落とし、銅像を建てられたりもするが、ジャーナリズムからは、本当にあの男は偉大な人物だったのか、という疑問を持たれる始末である。
 今回見直す機会があって思うのは、アラブ人の部族間の争いは、現在もロレンスのころと、たいして異なっていないのではないかということである。確かに昔と比べれば、少しは安定してきているが、現在のイラクや周辺諸国を見ていると、相変わらず宗派争いが、絶えないし、これには部族の問題も重なっていると思われるからである。
 アメリカはイラクを民主的な統一国家に作り変えようとしたが、かえって混乱をもたらしている。アメリカにはアラブに対する愛情はミジンもない、しかしロレンスには確かに愛情があった。結果的には両者は同じような役割を演じているのではと思うが、映画ロレンスにまだしも救いがあるのは、ロレンスのアラブへの愛情のためである。
 それにしても、たしか撮影に二年ほど時間がかけられた『アラビアのロレンス』は、どれほど見事に砂漠の美しさと恐ろしさを.表していたことか。

2007年3月下旬

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