「おばあちゃんの家」など

テレビドラマの「冬のソナタ」よりずっと以前から韓国の映画は評判が良かったし、どんな映画を韓国人たちが作っているのかという興味もあって、たぶん10本以上は見ていると思うが、表題の「おばあちゃんの家」(イ・ジョンヒャン監督、2002年)を見るまでは、ひとつとして感心した作品がなかった。イム・ゴンテクという監督がある程度まで行っているという感じではあっても、腰をすえて見る気は起こらず、いつも早送りですましていた。今調べてみるとゴンテクさんの方は、筆者より年長で70近い人らしいが、イ・ジョンヒャンさんの方は、まだ若い上に女性であるらしい。ハングルはさっぱり分からないので、みつともないかぎりだが、たいていの日本人なら同じようなものだろう。それにジョンヒャンさんは「美術館の隣の動物園」という映画を1998年にすでに撮っているので、今度のは二作目ということであるらしい。インターネットで調べてこういうことが分かるのは大変便利だが、事のついでにいわゆる軽薄短小なおさだまりの作品解説とかというのも、ついつい読んでしまうと、あまりのことに書く気がなくなりそうになるのは困りものである。
今日、「美術館の隣の動物園」の録画ビデオを妻が借りて持っていることが分かり、さっそくダビングを兼ねて見ようとしたが、BS2での放送らしいから筆者もひょっとしたら見ているが、この程度なら早送りをしているだろうから、記憶に残っていないはずである。4年後の「おばあちゃんの家」はずいぶん進歩したと思う。「美術館の隣の動物園」というのは、どうやら一種の恋愛映画のようなものらしいが、録画しながらときどき見ていたが、5分もすると嫌になるので、下に降りて昼飯を食べているあいだに終わってしまって、多分想像どおりの結末になっただろうと思うだけで、確認する気もおこらない。
「おばあちゃんの家」のストーリーも、しごく単純で、田舎で暮らしている聾唖者で文字も読めないおばあちゃんのところへ、どうも水商売でもしていたらしい娘が、仕事を見つけるあいだだけ預かってほしいと、5、6歳くらいの息子を置いて行ってしまう。近頃のことだから、儒教道徳がまだ濃厚に残っているものと思っていた韓国でも、子供はどうしようもなくワガママに育てられているようで、おまけに田舎暮らしに慣れない子供は、まるでおばあちゃんに八つ当たりをしているような生活になる。おばあちゃんも、さぞかしムカムカすることもあったろうが、そんなことよりともかく孫が可愛いようですっかり孫のいいなりである。終わりころにはいくらワガママな孫にも、おばあちゃんの愛情は分かるので、帰ることになったときにはすっかりなついているという、人情話である。監督の言だと、孫は自分の代理のようなもので、自分のおばあちゃんの姿を残そうと思ったらしい。さすがは儒教国家で、まだ若い監督のおばあちゃんでも「子宝」的感覚がのこっていたと見える。それに孫は男の孫だから、女の場合とは少し違うのかもしれないが。ともかくすさまじい愛情である。
実は、なぜこの映画に惹かれたかを考えているうちに、映画のできもさることながら、どうも筆者の母方のおばあちゃんもまるであんな風だったのを思い出したからである。戦争中一年ほど母方の祖父母の住む田舎に疎開していたが、その間おじいちゃんからもおばあちゃんからも、一度も叱られたという記憶がない、途中で一、二週間ほど父方のおばあちゃんのところにも住んだりしたが、ここでも叔父さんなどからは叱られたが、おばあちゃんからは、やはり叱られなかった。戦後筆者が中学生になろうとするころ、母方の祖父母は二度目の大阪暮らしをするために、上阪し家が出来上がるまで、わが家に同居していたが、さすがにこちらも中学生にもなると、そうそう甘えていては悪いと思っていろいろ遠慮するようになったが、それがさびしそうだったのを覚えている。
韓国の方は、多分一世代後くらいまで、猫かわいがりの風は残っていたのは、ひょっとすると儒教と関係があることなのかもしれない。跡取りは大事にする風習があったからである。
近頃の監督はいい映画を作ったかと思うと次はまるでダメだったりする人が多いので、この女性監督もそうならなければいいがと思っているが、処女作にはほとんど取柄がなかったのでそういうことになりそうな感じだが、後のことは分からない。中国のチェン・カイコーの場合のように「さらばわが愛 覇王別姫」を除けば飛びぬけた作品がないようなことにならなければと思っているのだか、どうもバラツキがひどいのが常態になってきている感じである。中国ならチャン・イーモウの方が不出来なものでも見ていられる。台湾のホウ・シャオシェンが一番安定しているようである。どうも経済的に上昇しようとしている国の方が、芸術面でも勢いがつくのかもしれない。かつての日本もそうだったように。作品がばらつく傾向はアジアだけのことではないのは周知のことなので、しばらく以前から、アジアの映画の水準がずいぶん上がったのは、誠にめでたいことである。日本の若手はまだ先の分からない岩井俊二のみしかいなさそうだというのがだいぶさびしいが。

 
2005年4月中旬

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